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其息子が大仕事と云つたのはまさしく弦月丸を襲撃して、其貨財を掠奪する目的だなと心付いた時、彼女は切に其非行を諫めた相ですが、素より思ひ止まらう筈はなく、其暴惡なる息子は、斯く推察された上はと、急に語勢荒々しく「おつかさん、左樣覺られたからは百年目、若し此一件を他人に洩すものならば、乃公の笠の臺の飛ぶは知れた事、左樣なれば破れかぶれ、お前の御主人の家だつて用捨はない、火でもかけて、一人も生かしては置かないぞ。」と鬼のやうになつて、威迫したんでせう。亞尼は心も心でなく、急ぎ私共の家へ歸つて來たものゝ、如何する事も出來ません、明瞭に言へば、其子の首の飛ぶばかりではなく、私共の一家にも、何處からか恐ろしい復讐が來るものと信じて、千々に心を碎いた揚句、遂にあんな妙な事に托して、私共の弦月丸に乘組む事を留めやうと企てたのです。けれど、誰だつて信ぜられませんはねえ。船の出發が魔の日魔の刻だなんて。あゝ亞尼がまた妙な事をと、少しも心に止めずに出帆したのが、あんな災難の原因となつたのです。それで、亞尼は、いよ/\弦月丸が沈沒したと聞いた時、身も世にあられず、私共に濟まぬといふ一念と、其息子の悔悟とを祈るが爲に、浮世の外の尼寺に身を隱したのです。で、亞尼は、今は、眞如の月影清き、ウルピノ山中の草の庵に、罪もけがれもなく、此世を送つて居る事でせうが、あの惡むべき息子の海賊は、矢張印度洋の浪を枕に、不義非道の業を逞しうして居る事でせう。』と、語り終つて、春枝夫人は明眸一轉※かの空を仰いだ。