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「あら! お危うございますわ。」と赤い前垂掛の女中姿をした芸者達に、追ひ纏はれながら、荘田勝平は庭の丁度中央にある丘の上へ、登つて行つた。飲み過ごした三鞭酒のために、可なり危かしい足付をしながら。  丘の上には、数本の大きい八重桜が、爛漫と咲乱れて、移り逝く春の名残りを止めてゐた。其処から見渡される広い庭園には、晩春の日が、うら/\と射してゐる。五万坪に近い庭には、幾つもの小山があり芝生があり、芝生が緩やかな勾配を作つて、落ち込んで行つたところには、美しい水の湧く泉水があつた。  その小山の上にも、麓にも、芝生の上にも、泉水の畔りにも、数奇を凝らした四阿の中にも、モーニングやフロックを着た紳士や、華美な裾模様を着た夫人や令嬢が、三々伍々打ち集うてゐるのだつた。  人の心を浮き立たすやうな笛や鼓の音が、楓の林の中から聞えてゐる。小松の植込の中からは、其処に陣取つてゐる、三越の少年音楽隊の華やかな奏楽が、絶え間なく続いてゐる。拍子木が鳴つてゐるのは、市村座の若手俳優の手踊りが始まる合図だつた。それに吸ひ付けられるやうに、裾模様や振袖の夫人達が、その方へゾロ/\と動いて行くのだつた。北区 家庭教師