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 祥子の誕生した頃には、すでに前川夫妻の間には、大きな愛情の間隙が、出来ていた。  一つの屋根の下に住み、外面はあくまで夫妻であったが、しかし良人は、心の中で妻に、さじを投げていた。が、生得上品な性質である上に、外国に長くいたために、女権主義者であり、平和主義者であり、煩わしいことが、嫌いであるので年々悪妻の強さを発揮している綾子夫人を、当らずさわらず、取り扱うことに馴れてしまったのである。  その上、愛児の生長が彼を家庭につなぎ止めているのと、酒をたしなまず、花柳界の趣味を解しないため、路傍の花に心を奪わるることなく、上部だけは善良な良人であった。だから、綾子夫人は、良人を信じ切り、良人で得られない刺戟は他の男性から求めていた。  そこへ突然、新子が出現したのである。今までは(悪妻である。イヤな女性である。しかし、一旦結婚した以上、あきらめる外はない。こういう妻に対して、辛抱するのも、また一つの人生修行である)と、考えていた彼の眼に、たちまち華やかな一つの幻覚が浮び、遠く桃源の里を望み見たような心のときめきを感じはじめ、生活が急に生々となって来たのである。自動車保険